腹が立ったら「むかつくわ!」と伝える。相手にハンディがあろうと、なかろうと。
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フォークリフトとホワイトボードが大好きで、とにかくよくしゃべる季 復明(リ・プーミョン)は、大阪市生野区に住む自閉症の青年。そんな彼の日常を追いつつ、それを取り巻く町のおっちゃん、おばちゃん。同世代の青年たちの姿を写しとったドキュメンタリー作品。
障害者の姿を追うドキュメンタリーは少なくない。むしろ、多すぎると言ってもいい作品群のなかで『自転車でいこう』は特に完成度が高いわけではない。
プーミョンたち障害者が、町というコミュニティの中で生きていく姿を撮りたかったのはわかる。しかし、その視点はぶれていて、本当に監督が撮りたかったのがプーミョンたちなのか、学童保育所で働く若者たちなのか、それとも市井の人々が働く姿なのかわからなくなる。
それぞれの姿はもちろん魅力的で、それだけを追ったとしても一つの作品として成立することだろう。個人的には学童保育所スタッフを追った作品を見てみたいとも思う。
それにも関わらず、『自転車でいこう』という作品に抜きんでているものがあるとしたら、それは「笑わせる」力だろう。
プーミョンの話す、時に明快、時に意味不明な言葉たち。
落ち着きのない行動や、他人とのコミュニケーションの取り方。
そのどれもに微妙な間とズレがあり、小さな、柔らかな笑いに繋がる。
監督がプーミョンを主役に据えたのは、彼の持つその力に注目したからなのだと思う。
それはプーミョンが持つ自閉症という障害の特徴なのだが、それと同時に彼の個性である。
誰にもマネできない、彼だけが持つ個性。
それを分かっているからだろう。
彼に応じる人々は、その間に応じて実に優しく、楽しく笑う。
それは福祉関係の経験がある、なしに関わらない。
彼とふれあう人々は、自分とプーミョンを障害という言葉で区別せず、対等なのだと自然に理解しているから、笑えるのである。
障害を持つ人を笑ってはいけない。そう思い、映画を観ながら笑い声を漏らすことに罪悪感を感じた人もいるだろう。事実、映画館の中で響いたのは小丸の笑い声だけだった。
もちろん、彼らをバカにして笑うなんて論外だ。
でも、笑うことイコールバカにすることだろうか?
本当に彼らと対等な人間関係を結ぼうと思うなら、笑いあえないことはまとなことじゃない。
笑っちゃいけない。優しくしてあげなくちゃいけない。怒っちゃいけない。
こんな人間関係が楽しいわけがない。
この映画を観て、笑えない人。
学童保育所のスタッフである吉田くんとプーミョンのやりとりをみて、「ひどい」とか、「可哀想」とか思った人。
幼なじみであるチッチの「アホにアホって言うたらあかんと思ってた」という言葉に眉をひそめる人。
そんな人たちは映画を観るより、実際に子どもやハンディを持つ人たちにふれあってみたらいい。
できれば一日ではなく、数週間、数ヶ月という単位で。
それから、もう一度この映画を観ればいい。きっと笑えるようになるはずだから。
自転車でいこう
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